・シャドウ・クリーム・マリア。
・ほのぼの、ちょいシリアス
何気にシャドウとクリームの組み合わせが大好きです。
いい感じにクリームがシャドウを振り回してくれる笑
クリームの純粋な微笑みにはシャドウも勝てないと思います。
*
「10年、ネコは一人でした。
ネコは一度も笑ったことがありません。
そんなぶあいそうなネコだけれど、10歳の女の子は、
だれだか知らない名前をネコに呼びかけると、
女の子はそのままネコをだいて家に帰りました。
10年、ネコは温かな家ですごしました。
そこは天国のようでした。
食べ物も雨風をしのぐところも探す必要はありません。
これはよい、とネコはこの家の人間をりようしようと思いました。
10年、ネコは暖かな家の中ですごしました。
お母さんはいつも微笑みかけてくれて、
女の子は優しくなでてくれました。
ネコは一度も笑ったことがありませんでしたが、
その10年の最後の日、ネコは嬉しそうににゃあと鳴きました。
10年、ネコは探し続けました。
ある日女の子がとつぜんいなくなったのです。
探せど探せど、女の子はどこにもいません。
にゃあと鳴けばいつもきてくれた女の子は、声をあげてもきてくれません。
ネコはお母さんに聞きました。
「あの子はどこへいったの?」
お母さんはなきはじめました。
「あのこはそらにいるのよ。あのこはそらで、ずっとみていてくれるのよ。」
10年、ネコはがんばりました。
そらに向かってとびはねました。
いろんな乗りものに乗りました。
けれど、そらに届くことはありませんでした。
ネコはなきました。
けれど、そらに届くことはありませんでした。
」
絵本の世界を眺めていたシャドウは、哀青に塗られたページをじっと見つめた後、
視線を彼女に移して問い掛けた。
「『そらにいる』とは、どういうことなんだ、マリア?」
シャドウの目は至って純粋であった。
その本を彼に読み聞かせしていたマリアは、目を丸くした後、
気が付いたというように一瞬その瞳を大きくして、
そして目を細くして微笑んだ。
「そうね…女の子は亡くなってしまったのよ。
私たちは、亡くなった人は天―――、空に行くと信じているの」
マリアは優しい口調で、彼に答える。
シャドウは不思議そうにマリアを見ると、ふいに表情を曇らせた。
「…マリア、も?」
その雲は本当に微量のものであった。
彼女は面に漏れた彼の本心を見抜いていたが、あえてそれを指摘したりはしない。
あれは彼の優しさであるし、それは彼女の優しさであった。
「ええ、そうよ、シャドウ。きっと、あなたも」
「僕は死なない」 間を与えず、シャドウが返した。
「僕は造り出された究極生命体だ。寿命もないし、余程の事が無ければ、死ぬ事など…」
言を切らせた途端、先ほどまで隠していた影が、面に溢れかえった。
その様子に気が付いたマリアが、シャドウの背に手を触れる。
「シャドウ?」名を呼ぶと、彼は目を伏せて、彼女から顔を背けた。
「君は…」
ぽつりと放たれたその声は、猫のようであった。
マリアは彼の背に置いた手を、今度は彼の頬に触れさせる。
親指で目尻をなぞって、愛しそうに頬を撫でた。
彼女の手は、彼の頬より冷たかった。
「…僕の、」ふと、声が空に溢れ出る。
「僕の命を、君にあげることが出来たら、いいのに」
彼女は、優しく微笑んでいた。
*
あの頃の僕は、何て罪深い言葉を、彼女に投げ掛けたのだろうか。
いや、自分にも良く分かっていたのだ。
彼女が重い病気を患っていて、何時死ぬとも分からない状況下にあったことを。
だからこそ、僕は聞いたのだ。
そして、否定の言葉を聞きたかったのだった。
その望みは果たされる訳も無く、肯定の言葉を聞いて、
僕は悲しみとも恐怖とも言えぬ、強い感情に襲われたのだが、
しかし、あの言葉は、彼女にとっても深い傷になったことだろう、と
今になって思う。
追い討ちをかけるように、僕の命を彼女に与えられたらいいのに、などと。
しかし、彼女は笑っていた。
大きな傷を負ったに違いないのに、僕に怒号を投げ付けるでもなく、
微笑みを向けた彼女のこころの強さと寛大さは、僕には計り知れない。
あの微笑みは、とても印象強かった。
彼女はあの時何を思っていたのか、悲しんでいたのか、怒っていたのか、
それともあれは本当の笑みだったのか。
50年経った今でさえ、真実が分からないのは歯痒いが、これも、
昔の事。
ようやく絵本を閉じようとして、僕は裏側にある表紙に指を触れた、その時だった。
「シャドウさん!シャドウさんじゃないデスか~?!」
ぱたぱたと大きな耳を揺らして、小さな兎の子がこちらへ駆けて来た。
そうだ、ここは何の変哲もない至極普通の書店であり、
ここは子供(というより、幼児)が集まる絵本コーナーであり…、
そしてここに僕はいる。
どう考えてもおかしいミスマッチな状態に、僕は今更気がついたのだった。
僕はあえて冷静にその絵本を閉じ棚に戻して、いつもと変わらぬ態度を彼女に示した。
…むしろこれは失策だったか、誤魔化し感が丸出しだが、こうする他仕方あるまい。
「シャドウさん、絵本見てたんデスか?」
いきなり痛いところを突かれた。
言葉に詰まり、ほんの少し顔を強張らせて、
それからわざとらしく咳払いをしてから、そうだ、と答えた。
「シャドウさんも絵本読むんデスね。意外デスぅ」
「…50年前にもあった絵本だったから」
驚きを投げ掛けたクリームに、思わず言い訳が漏れた。
…過去を捨てたと、今を生きていくとあの時明言したくせに、
僕は今更何を思い出しているのだろう。
溜め息を吐いて、僕は踵を返そうとした。
しかし、僕は彼女の声に、無意識に足を止める。
「50年も前の絵本が、まだあるんデスね!どんな絵本なんデスか?」
絞り出された苦し紛れの呟きを、彼女は聞き逃さなかった。
本の列を指でなぞって、彼女は背伸びして僕が先ほどしまった本を探す。
探し物を教えるのは気が引けたが、
相手は子供、特に彼女は少し厄介な甘え上手である。
その事は百も承知だったから、「これだ」、と僕は仕方無しにあの一冊の本を引き抜いた。
「ありがとうございマス!」元気一杯のお礼と笑顔を僕に向けて、
それから直ぐにその絵本を読み始めた。
少し小さめの、しかし彼女には少し大きめの扉は開かれ、そこから絵本の世界が広がる。
中は、クレヨンで描かれたような、パステル調の優しい色で彩られていた。
その世界には、ムスッとした顔のネコと、いつも笑顔の女の子、時々優しい顔をした母親。
2、3ページ 彼女と一緒に文字に視線を通わせたが、途中で止めた。
この話の終末を知っていたから、僕は尚更その絵本から顔を背けた。
悲しい物語。幸せを一度掴んだのに、最後には幸せに見放されてしまう、一匹のネコの物語。
この話が描かれた50年もの間、いやそれ以上かもしれぬ、
そんな長い時間、ネコは女の子を求めてなきつづけているのだろうか。
そう思うと、少し、ほんの少し。
胸が痛む。
ふと我に返って、背を向けていた彼女の様子を伺うと―――僕は思わずぎょっとしてしまった。
なんと、最後のページを開いていた彼女は、号泣しているではないか―――!
このままでは、そばにいる僕が子供泣かせとしてとばっちりを食らう可能性がある。
こんな現場を、もし彼女の母親やソニックたちに見られたら…!
容易に想像のつく結果に、僕の大脳は全身に危険信号を送っていた。
「ク、クリーム」
「いいはなしデスぅぅ~…!!」
ぶわっ、とより大量の滝涙を流して、クリームは感動を解き放った。
それからぷるぷると涙を振るうと、僕の方に向き直って、
ほぼ突進と同じような力で両手に絵本を抱えたまま僕に飛び付いた。
「…っと、っ」 なんとか耐えた。
「いいお話デシタ!素敵な絵本を教えてくださってありがとうございマス!」
首をいっぱいに上に向けて僕を見上げると、先ほどとは一変、彼女は満開の笑顔を咲かせた。
どうやら、危機は免れることが出来たらしい。
僕はこっそり胸を撫で下ろす、一方で、彼女の言動に少し胸の引っ掛かりを感じていた。
「ああ」と生返事をして、僕はその絵本のストーリーをもう一度思い出していた。
悲しい物語。幸せを一度掴んだのに、最後には幸せに見放されてしまう、一匹のネコの物語。
彼女が号泣するほど、あれはいい話だっただろうか?
「だって、最後の最後であのネコさんは幸せになったじゃないデスか。
ネコさんと女の子は、いつも一緒にいられるんデス。
心の中だけだけど、ネコさんは幸せだったと思いマス」
「何の話だ?」
「シャドウさん、この絵本、最後まで読んだんデスか?」
僕の記憶とはかけ離れた彼女の感想に疑問を投げ掛けると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
僕が絵本を要求する前に、彼女はぱっと絵本を開いて、それを僕に突き付けるように見せた。
「ほら、ハッピーエンドで終わってマスよ?」
僕は思わず目を見開いた。
その猫の表情は、哀を宿したそれではなかったのだ。
微笑みを浮かべた安らかな顔。
そこにのせた色は、優しくて柔らかくて、温かくて、
僕に猫の幸せを語っていた。
猫のそばには、あの少女がいた。
そこに実態として存在しないと描写されていたが、しかし、少女は猫のそばにいた。
何故。何故、僕は気付かなかった。
いや、きっと、僕は、気付きたくなかったのだ。
「…そうか」
僕は、ぽつりと呟いた。
その浮かんだ声は、まるで猫のようだった。
「わたし、これにしマス!」
ぴょこんと耳を揺らし、クリームが嬉しそうに小さく跳ねて僕にそう言った。
その声に我に返り、何のことなのかと瞳に疑問を滲ませると、
彼女はきょろきょろと周りを見回して、ふいに「あっ!」と声を出した。
彼女の視線を辿ると、そこには彼女の母親がいた。
向こうが澄んだ微笑みで礼をしてきたので、こちらも思わず軽く会釈する。
クリームは幸せそうな笑顔で、ぴょんぴょんとステップを踏みながら、母親のもとへ駆け出した。
「それではシャドウさん、またいつか!」
その腕にあの絵本を抱いて、彼女は母親と手を繋いで本棚の奥へ去って行った。
僕は、少なくともあの猫に自分の影を重ねていた。
僕はずっと、あの猫に幸せになって欲しくなかった。
僕は、あの猫の不幸を願っていた。
だから、不自然なラストに気付かずに、いや気付くのを恐れて、
僕はその先の物語に目を向けようとしなかったのだった。
あの猫だけ、愛した少女と永遠に暮らせて、
あの猫だけ幸せになって、それで、…僕は?
僕は、記憶だけの、幻想の彼女と共に過ごそうなどという考えなど甘受出来なかった。
出来る強さを持っていなかった。
彼女は、
……僕は知っていた。
いつか、実存の彼女は消えてしまうと。
けれど、あの猫のような考え方が出来なくて、
けれど、あの猫は、自分と同じ境遇にいるにも関わらず、幸せになってしまう。
僕には、それが妬ましくて仕方なかったのだった。
そして、あの猫の不幸を願ったのだった。
けれど、それも、昔のこと。
ふと棚の下に並べられた机を見ると、あの絵本が「オススメの本」として積み上げられていた。
手に取って近くで見ると、表紙に描かれた猫と、目が合う。
隣には、あの少女がいた。
微笑んで、猫を撫でていた。
猫の顔はいつものようにぶっきらぼうだが、その奥の顔は幸せそうであった。
全ては、昔のことで。
過去と別れた僕には、もう関係のない話。
そして、許されないとは分かっている、けれど。
もう一度、この猫に自分を重ねることが出来るなら、
絵本の向こうの彼女に、この猫と同じことを伝えたいと―――。
僕は、開かずにその絵本を置いて、本屋を後にした。
「
10年、空いて、また10年、さいごの日にネコは気がつきました。
女の子はずっとそばにいたのです。
にゃあと鳴けば、女の子はそばにいたのでした。
そして、これからもずっとそばにいるのです。
女の子のところへいく乗りものは、こころだったのです。
ネコはにゃあとなきました。
そしてネコは微笑みました。
「ずっと気付いてあげれなくて、ごめんね」
「愛してくれて、ありがとう」
」
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